誕生日
「──と、言うわけでぇー…!」
先程までガヤガヤと騒がしかったその場が、その言葉でゆっくりと静まっていく。その言葉と同時に、人の良さそうな青年が、一際高くグラスを上げた。
なみなみに注がれたビールが揺れて、たぷんと一掬いの泡が仲間外れになったその瞬間。
「我が親友、キーツの22歳の誕生日を祝して!」
──乾杯!
カキンと小気味のいい音が周囲を満たす。同時に騒がしくなる周囲。その場には若手もいれば重鎮もいる。それだけでその場の主役の人間の立場の重さが分かるようだった。
周囲の賑やかさは普段とは比にならない。普段が騒がしくないというわけでは勿論なく、その中でも今日は特別な日なのだと高々と謳うように一人の男は音楽を奏で、一人の男は跳ね、一人の男は酒を浴びるほどに飲んだ。
そんな中で、こくり、と。喉を動かす。入ったばかりである一人の青年は、その場を眺めて一つ酒を飲んだ。皆と共に馬鹿のように騒ぐわけでもなく、しかし一人になることもない。ただ、その場に溶けるように存在するその青年は、自身の髪で隠された片目をゆっくりと伏せた。
今日は、このロナイトファミリーのドンであるリチャードの一人息子、キーツィートの誕生日だった。
めでたい日だ。酒も食事も装飾もどれを並べても豪華である。出されるものを口にすれば、それは確かにどれも美味しかった。
くるりと渡されたグラスをゆっくりと回す。入ったばかりである青年の居場所は、思いの外狭い。勿論周囲からは可愛がられてはいるが、周りと築き上げている信頼関係はゼロに等しいだろう。溶け込むには、まだ時間がかかる。
一つ、またグラスに口をつける。赤いワインは口通りがよく、思わず口角が上がるものだ。
「あれ、お前新入りの…クリードだっけ?」
ひょいと。いきなりその青年を覗き込む一人の男に、クリードと呼ばれた男は思わず目を瞬かせた。沈み込むような赤い髪に、整った顔。幼さの残る顔立ちは、歳のせいだけではないのだろう。このファミリーにいて、この男を知らない人間はまずいない。
「…キーツィート、ロナイト」
「何でフルネーム」
はは! と気の良い笑みを浮かべた男は、そのまま自然にクリードの横に立った。脈略もないそれに、クリードはゆっくりと目を瞬かせる。嫌、というわけではない。次期ドンとも言われている男だ。嫌なわけは勿論ない。しかし。
「話すのって初めてだっけか? いや入った時ちと喋ったか」
「あー、そう、ですね。詳しくは、まだ」
「お、堅苦しいな。いいよむず痒い」
男はまたカラカラと笑って、手をゆっくりと振る。それからクリードの手に持つグラスに指を差し「これ美味いよなあ」と自分も同じものを隣のテーブルから持ち出した。
それを一気にくいと喉に通し、大きく息を吐いて「っぱ美味い!」と爽やかに笑う。それから再びクリードを覗き込んで歯を見せた。
「歳、近いんだよな? 仲良くしようぜ」
「仲良く…」
「おー。てか何歳?」
「22…あー、今年で23かな」
クリードがそう言えば、お、と赤髪の青年は目を瞬かせた。そう言えば、先程確かロバートが22歳の誕生日と言っていたか。だとしたら本当に歳は近い。親友であり兄弟分であると言われているロバートも、確かもう少し彼とは年が離れていたはずである。
「へえ!じゃあしばらくは同じ歳じゃねえか。誕生日は?」
「あー…いや、正確なのは…」
「ん? …あ? ねぇの?」
あぁ、と一つの返事。元々はスラム街で生きていたためか、そんなものを教えてくれる人はいなかった。それを祝える環境にもいなかったのだ。だったらあってもなくても同じだろう。
それを男に言えば、再びその赤はほうと目を瞬かせて。それから。
「ん、じゃあお前の誕生日は今日! 俺と一緒!」
「……は?」
「おーい! 今日の主役が増えたぜ、コイツ、クリードも今日誕生日だとよ! 盛大に祝おうぜ!」
ぐっとクリードの肩を組んだキーツは、そのままの状態で輪の中心に入っていく。キーツの言葉に周りは何だ何だと再び騒ぎ始めるが、その意味を理解すると輪に入ってきたクリードの髪をわしゃわしゃと掻き乱しそれぞれ祝いの言葉をもみくちゃながらも掛けていく。酒が増え、場は更に盛り上がる。キーツが歌を歌えば、それに合わせるようにロバートも声を出し、その場で頼むよと叫ばれたエディは苦笑しながらピアノに腰掛けた。
今日祝われる、唯一の場所。その場は先程まで、きっとこの赤だけがいることを許された場所だ。
そんな場所に、まるで昼食に誘うような気軽さに招き入れられた事に──その重要さに。この場で気付いている者は、果たしてどれだけいたのだろう。
「…て感じで決まったよな、お前の誕生日」
「おーい! クリードおっまえ、誕生日をそんな簡単に決められてたのか!?」
「ん? おー、そうそう」
「カーッ! キーツ、お前流石にそれは可哀想だって! 誕生日だぜ? もっと何かあるだろお」
肩を落とすロバートは、その場でなんて事ないように首を傾げる親友に僅かに不憫な目を向ける。毒されているぞと念を送るが、どうやらそれには気付いていないらしい。
「いいだろ。俺と一緒だぜ? お揃い。光栄に思えって」
「はいはい」
「気持ちがこもってねえなあ」