なかみ

 弾けた、音がした。

「……あぁ、そうか。…お前が」

 次いで。
 ゆっくり振り返るその人の目の色と、赤色と。それから鼻腔に伝わる硝煙の匂い。揺れる白色。僅かに痺れる手のひらに、反射的に自分が「正常に」働いたのだと理解した。
 瞬きを一つ。その一拍を置いて、男はは、と息を吐き出した。その吐き出した息と共に、目の前の人はゆっくりと倒れていく。視界に揺れるのは、白色。灰色。赤色。白色。思わず駆け出しそうになる脚を、きつく奥歯を噛み締める事でどうにか耐えた。
 倒れたその人から、ゆっくりと静かに血溜まりが出来ていく。元々の灰色の床を、鮮やかに彩って、それから。
 ヒュー、と、倒れたその人から空気の抜ける音がする。細くか細い息は、しかしその人がまだ生きているという何よりの証だ。何よりの証で、そして、それが今まさに途切れようとしている何よりの証拠でもある。

「……」

 言葉は出ない。手加減はできなかった。彼が身につけている物を考えれば、下手な場所に撃ち込んでも意味がない事も分かっていた。
 だから、祈っていた。ただ祈っていた。どうせ何も叶えてくれない神様とやらに、ただ、どうかあの人が間違った選択をしないようにと。祈って、祈って。

 ──その祈りは、届くことはなかったけれど。

 息を吐く。細く、短く。心を揺らすな、と、心の中で誰かの声がする。倒れている人物はまだ息はあるようだが、息はある、その程度だ。もうすぐでそれが絶えることも分かった。しかしそれでも、男は自分が正しいことを知っている。
 知っている、から。だから。

「……、…」

 開いた口を、再び閉ざす。空気しか出てこないそれを開いても無意味だ。だってもう、何を言ったところで。
 一度肩を落とすように軽くかぶりを振る。次の行動を行わなければ。まず、死体を運んで、それから。
 思考を巡らせて、カツカツと足を進める。息を確認しようと顔を覗き込めば、まだ意識はかろうじてあったらしく、既に濁りの見える瞳で彼は男を見ていた。目が、あって。それでも男は何の反応も見せずに。
 だって、自分の行動は間違ってないのだから。ただ、その一点だけの拠り所で、一切の心を投げ捨てたのだから。だから、だから。
 無感情のその顔に、彼は一体何を思ったのだろうか。死ぬ間際に見る教え子とも言える男のその表情に、しかし彼は小さく笑った。
 小さく、笑って、それから。

「    」

 目を、見開く。彼から落とされた言葉を頭で咀嚼するまでに、しばらく。その空虚の時間を通り過ぎた後、ようやくその事に口を開こうとして、開いて。
 目の前の彼の目の奥に、光が消えたことを知った。

「……ぁ、」

 その、一言だけ。男はその言葉にもならない音だけを落として、それだけだった。死体の処理、その場の後始末。素早く、的確に仕事をこなす。
 それが正しいことだと、知っているから。
 間違いだとも思いたくても、それが正しいことだと知っている。願望と事実の壁は越えられない。だから、男は。だから。
 だから。





「フェイル・ネバー…サジタリアス」

 トン、と、自分の頭を指でコツンと当てる。そうだ、間違いはない。フェイル・ネバー・サジタリアス。とある資産家の息子。若い頃から特別なカリキュラムを受けており、知能は高い。最近の趣味はもっぱらゲーム。それから探偵事務所を趣味で運営しており……、……。

「…んー、ンァー…ん、ん"…、こんなもんか…」

 自分の喉を摩って、声の高さを合わせる。ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱して、分厚いレンズの眼鏡を掛け、それから少しだけ背筋を丸める。それが、今の男の姿だ。
 フェイル、ネバー、サジタリアス。男は再度、自分の口の中でその名を呼ぶ。紙で残るものに彼の情報は書かれていない。ただ、あるのは彼の脳内のデータだけだ。
 その名の響きに、少しだけ、男の口角が上がって。

「さァて、行くかね」

 見えた犬歯を舌で撫で、一度軽く肩を回す。一流の探偵とは、さて、どういったのもなのか。それを知るのは、未だ先の話である。


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