仕事

 基本的に、零課に休みはない。

「安藤康隆のアリバイがねえ〜。ここ、どうしても時間が合わないのよね」
「佐取が共犯だとしても時間計算が合いませんしね。瞬間移動でもしない限り無理です」
「小豆さんならいけるんじゃないすか?」
「僕を人外にしないでくれませんか…」

 日曜日、午後十二時を五分ほど過ぎた頃。おそらく誰もが休み、そうでなくとも昼食を取っているであろう時間帯。しかし零課のオフィスでは男四人が昼食も取らず、そして休みもせずにそこにいた。一人はソファに腰掛け資料を見て、一人は自分のデスクのパソコンを触り。一人はソファに腰掛けた男の資料を後ろから覗き込みながら、そして一人は棚の資料を整理しながら。
 ソファに腰掛ける瀬基が、資料をテーブルに置いて一つ息を吐きだす。それにつられるようにして、後ろから資料を覗き込んでいた朝倉が肩を落とした。

「てか腹減ったんすけど、俺適当に飯いいっすかあ…」
「あーもうそんな時間か。そうねー、的場さん達もそろそろ帰ってくるだろうし、入れ替わりで丁度いいんじゃない?」

 先に火澄ちゃんと食べてきなさいよ。瀬基がそう口にした時、ガチャリと軽い音がする。ノックも何もないその扉の開く自然な音は、同じく零課の仲間の帰社を意味していた。
 零課の紅一点である相模原とチーフである的場。「ただいま」「遅くなったな。すまん」そんな軽い声を上げながら何やら紙袋を持ってオフィスに入ってくる二人に、室内にいたそれぞれも「おかえり〜」だの「お疲れ様です」だのと声を上げる。

「お昼もう食べた? 適当にお弁当とか買ってきたんだけど」
「あー! 流石っす! 相模原さん神!」
「丁度今から行こうとしてたんです。すみません、有難うございます」
「あ、ほんと? それなら良かったー」

 相模原達の持っていた紙袋は、どうやら四人分のお弁当だったようだ。近くのデスクに紙袋を置いた二人に、朝倉と火澄が近付く。そして紙袋を覗き込んで、朝倉は目を輝かせ、火澄はひくりと頬をひくつかせた。

「花丸やまさきの肉弁当!しかもマシマシ!!」
「…普通のって無いんですか……」

 紙袋の中身をまるで宝物を発掘したかのように両手で掲げる朝倉と、げっそりと息を吐く火澄の対照的な姿に的場は肩を上げて軽く笑い声を上げる。朝倉の喜びの声に何事かと顔をそちらに向けた瀬基と小豆も、その様子を見て呆れたように笑っていた。
 助けを求めるように相模原に目をやる火澄だが、しかし勿論それを買ってきたのは他でもないこの女性である。あっけらかんと、悪びれもなく彼女は腰に手を当てた。

「無いわよ。ちゃんとこれ全部食べなさい」
「……」
「火澄いらねーの? 残すなら俺食うぞー!」
「朝倉の分はまだ他にもあるからねー、そっち食べようねー」
「マジっすか!?」

 再度目をキラキラとさせる朝倉に、相模原はゴソゴソと紙袋の中からさらに別の弁当を差し出す。それをまた両手で受け取って、朝倉は喜びを隠しもせずに共用のテーブルに弁当を置いた。いっただきまーす! と喜色を顔に浮かべ、ぱんと乾いた音を立てて手を合わせる。その音を聞いて、ようやく火澄も諦めたのか肩を落とした。
 零課のオフィスは、他の課よりも比較的広めである。六人というのもあるだろう。各それぞれのデスクは勿論、仮眠すら出来るソファに、センターテーブル。その他に主に食事を取るためのテーブルすらある始末だ。キッチンもシャワーもあるため、基本的な生活ならここで事足りる。否、事足りるように出来ている。そもそも自宅に帰れない事だって多いのだ。この方が幾分と合理的だろう。
 テーブルやソファなどを沢山置いたとしても広いと感じるこのオフィスを与えられるのも、単に「零課」という特殊な立場の特権かもしれない。
 朝倉が弁当を開けたのだろう。ふわりと、室内に肉の匂いが舞う。それにつられるようにして、瀬基は腰を上げ、小豆も丁度整理が終わったのか弁当へと向かった。
 火澄が既に食べ始めている朝倉の前に腰を下ろし、それからその隣に小豆が座る。最後に瀬基が小豆の前に座り食べ始め、暫し和やかな昼食の時間が流れた。
 四人が食べ終わる頃、的場がそのテーブルに一つの資料を置いた。自然とその場の全員の視線がそこに集まる。

「猪狩から新情報だ。一先ず目を通してくれ」

 簡潔に。しかし的確なその言葉に知らずに全員の表情が真剣なものへと変わる。最初に訝しげに片目を細めたのは火澄だ。それから瀬基は「うげ…」と声を出し、小豆は眉を寄せ息を吐く。朝倉はきょとんと首を傾げ「ん?」と目を瞬かせた。その様子に気付いたのか、火澄がここだと資料の一部分に向けてトントンと指を弾かせる。そこでようやく朝倉はそこを重点的に読んだのか、数秒の後にあー…とだけ声を上げた。

「…えーと………つまり四課案件も絡んでくるってことっすか…」
「みたいね。あ〜…あいつらいっつもピリピリしてるからやり難いのよねえ、面倒くさい」
「それでなくとも零課が絡むと周りはピリピリしますけどね」
「ね。あれどうにかならないのかしら。男の嫉妬って醜いのよね」

 口を尖らせる瀬基に、的場が苦笑する。警視庁特殊犯罪捜査零課。このある種独特であり特殊な立場である零課を、快く思わない者は多かった。その優秀さ故、正面切って何かを言われる事は少ないが、しかし視線が、態度が、そして言葉の節々が、時に何よりも雄弁に語るのだ。

「……朝倉ちゃん、火澄ちゃん、行く?」
「俺らっすかあ!?」
「絶対に嫌です」

 ぎょっと身を引く朝倉と即座に目を逸らす火澄に、大きく大きく瀬基は息を吐く。

「はー…冗談よ。私が行く」
「…僕も着いて行きますよ。大事になるのは避けたいですし」
「ねえねえ小豆ちゃんそれ私が喧嘩ふっかけるって言いたいの? むしろ小豆ちゃんの方がその率高いのよ。自覚しなさいよアンタ」
「何のことですかね。僕は事実を言っているだけです」

 末恐ろしいわねアンタ…。そう目線を投げる瀬基に、素知らぬ顔で小豆は肩を上げた。そうして席を立とうとした時、しかしそれを引き止めるかのように相模原が声を上げた。

「小豆はいいわよ。他にもまだ持って帰ってきてる資料あるの。それ見ててほしいし。私が行くわ」
「あ、そうなんですか? 分かりました」

 鞄から資料を取り出す相模原に、小豆は軽く頷く。しかし新情報であるそれに瀬基は目を瞬かせた。「え、私も見たいんだけど」「途中で私が軽く説明するわ。あとで見て」「ええ…。まあいいけど」食べた弁当を片付けながら、瀬基は肩を回す。

「んじゃ行きましょうかー」
「あぁ、瀬基。これも持って行け。流石にこれを見せれば比較的すんなりいくだろう」
「ん、了解です」

 的場から資料を受け取り、瀬基と相模原がオフィスから姿を消す。また四人となったその部屋で、新しい資料をホワイトボードに小豆が貼り付けた。火澄が「…あぁ」と何か思考を結びつけたのか徐にパソコンを開き、朝倉がテーブルに地図を広げる。きゅ、と赤ペンで印をつけて、そして的場がその赤にとんと指を置いた。

「さて、大詰めだ。気張れよ」










「で、今完徹何日目?」
「……三」
「くだらない嘘吐いてると張っ倒すわよ」

どれくらいで体を壊すかチャレンジ