荒療治

 多分別に、そういうのではない。「そういう」意味での、好意ではないのだ。



 ぱらり、と。書類の束が指の上を踊る。これで枚数が合っていたら一先ずはこの仕事はひと段落する。時刻はすでに昼を越えており、昼食を食べ損ねた腹は僅かに切なげな音を自身の中で発していた。早く機嫌を直してもらうためにも、この仕事を片付けてしまわねばならない。
 クリードは一つ息を吐き、それからテーブルに紙の端をトンと合わせて束を持った。
 その時だ。トンと肩を叩かれ、クリードははたと後ろを向く。そこにいたのは自身のボスであり、その鮮やかな赤が視界を奪った。次いで、片方の目の色が違うその眼球、次いで、唇、首──。

「なあ、それでひと段ら、く…お、ぁ!?」

 ばさり。「あ」というなんとも間抜けな声が自分の口から発せられたと分かるのに、僅かばかりの時間を要した。
 手にしていた資料はばら撒かれ、折角あそこまで数えられていたものが水の泡となって床が全てを飲み込んでしまっている。「あちゃー…」と、声をかけたキーツは顔を顰めしゃがみ込み、そのまま資料を拾おうと手を伸ばす。その時にようやく再度ハッとして、自らも拾おうと膝を折った。

「ったく何やってんだ。…まあ俺が急に声かけたからか。悪いな」
「…いや、悪い。なんだ?」
「ん? ひと段落ついたなら飯行かね? っつーお誘い。まあひと段落つきそうになくなっちまったけど」

 ははと笑いながら、キーツは拾った紙をクリードに手渡す。悪いと再度口に出しクリードはそれを受け取って。それからその資料に逃げるように視線を下げた。
 多分それは、目に毒だ。見るだけで後悔の念が押し寄せるし、隠せない場所に堂々と居座るその痕のなんと憎らしいことか。

「……」
「……お前。ほんっと……女々しいよなそういうとこ」
「はあ…?」

 呆れたようなその声に思わず視線を上げる。声の表情と表情筋が見せるそれはまさに合致しており、その言葉にクリードは眉を寄せる。が、やはり彼の顔を見れば自身のした事がまざまざと見せつけられてどうにも居心地が悪かった。
 また逃げるように視線を下げれば、首に散る赤だってまだ健在で、であるのならば耳付近に付けたものだって残っているのだろうと容易に想像がつく。
 やってしまった、と。あの時の事を思い出せばその後悔しかない。欲に駆られて手を出して、自分のものだと言わんばかりにあんな痕まで付けて。今時ガキだってもっとスマートに主張するぞと誰かに言われてしまえば何も反論ができないだろう。

「……はー、どうしようもねえなお前」
「…何が」
「何でも。全部」

 溜息を吐きながら、彼は髪をグシャリと掻く。整えられた赤髪は少し乱れるが、それもすぐに元に戻った。ぼそりと「世話の掛かる奴ほど可愛いとは言うがね」と落とすその言葉を、正しくクリードが理解できたのかは定かではない。

「まいいや。昼飯はまた今度な。なんか食ってからとりあえずこれ終わらせろよ」
「あー…おう。いや、とりあえずこれ終わらせてから食う」
「ん、まあその辺は好きなように。急ぎでもねえから腹減ったら食えよ」

 頷いて、それからまた資料に目を落とす。こんならしくないミスをする程度には、どうやらその赤色は自分にとっては目に毒らしかった。



 結局。それが終わったのはそれから半刻以上経ってからだった。その間にも他の構成員に声を掛けられたりはあったものの、資料を落とすなんてことは勿論なく。それがまた、情けなさを助長しているようで何とも言えない気持ちにもなるのではあるが。
 まとめ終わったその資料は、最後にトップに見せれば終わる。先程ここに来たキーツではあるが、今は執務室に戻っているのだろう。早くこれを報告しようと、一度かぶりを振って執務室へと足早にそこを後にした。
 数回ノック。「俺だ」と言葉を落としその後部屋の中からの許可を得て入室。
 重量感のある机に革張りの椅子。絢爛豪華というわけではないが、それでもその一つ一つに高級感の残る家具で構成されている。しかしそこにあるただ一つの赤色が全ての意識を集中させた。

「ん、終わったか」
「あぁ」

 クリードに視線を遣さないまま、キーツは手元にある資料を確認している。万年筆のインクが紙を滲ませる音はどこか心地よく耳朶に残り、その風景は一枚絵のようにそこに並べられていた。
 1秒ほど、それをその場で見る。普段から思うわけではないが、今この場に自分がいて、それを許されている事に違和感が拭えない。殺されるものだと思っていたし、むしろ殺して欲しかったとまで思う。側に入れる事が嬉しくないわけではない。望んでいなかったと言えば嘘にだってなるなろう。
 ただそれでも、それを相手が許す事がどうしても納得は出来なかった。
 歩いて数歩。机の横に進んで、そのまま資料を手渡す。「ん」とそのまま資料を受け取り、パラパラと確認する男の姿をクリードは上から眺めた。整った顔をしているとは、思う。その表情がコロコロと変わるのも好んでいるし、今では確かに立派なドンだというのに、たまに気取らず少年のような笑みを見せる姿は好ましいものだった。今までが抑えていた部分、それを認めれば楽になったのもわかっている。
 資料を見るその目は真剣なもので、まつ毛の影が瞬きをするたびに揺れた。不意に自身が視線を下にずらせば、すぐに耳に付いた赤色が視界に入った。
 息を、一度呑む。身体が一瞬だけ強張って、誤魔化すように視線を外した。

「……クリード」
「…なん、だ、っ、!?」

 椅子に座るキーツは、クリードを見る事なく腕を伸ばしてその胸ぐらを掴む。視線を外したその隙だったというのもあるのだろう。ぐいと重力のまま引き寄せられとっさに机に手をついて体制を整えるが、しかし逆を言えばそれだけだ。
 それだけ。そう、だから、その先の手綱を握るのは文字通りキーツである。
 目を見開く。咄嗟の事で声を出そうとしたままの口は薄く開いて、侵入は意図も簡単に行われた。相手の舌が自分の口内で動くたびに、停止した思考でも止めなければと指がぴくりと動く。普段ならもっと、上手く止められていたのかもしれない。それでも舌が絡むその熱さで思い出すのはあの狭い箱での事だ。甘い香りで浮かされた思考は理性を溶かして、情けなくも欲に負けた。この男の肌がそこまで安いものである筈がないし、跡を付けられている事なんて見た事がない。だから正気になってこんなにも後悔してるというのに。
 ぐっと唾液を飲んで、キーツの首元を押す。僅かに距離ができたそこから一瞬息を吐いて言葉を落とした。

「ッ、ラズ、お前いい加減に」
「いい加減にすんのはどっちだ馬鹿。いいから口開いてろ」

 ぴくりと。その言葉に素直に身体が固まるのは条件反射なのだろうか。この男の言葉を無視は出来ないし、それが彼の意思であるならと。おそらく、脳がそういうものだとして認識してしまっている。
 息が掛かる。それさえも呑み込むように、キーツはまた口を開いて噛み付くようにその唇に歯を立てた。痛みが走る。僅かに肌が切れた感覚がして、それに意識が集中した時、傷痕をべろりとキーツの舌が這う。痛みと、それとはまた決定的に違う腹に溜まる何か。ぎゅうと、爪すらも食い込むほどに無意識にキーツの襟元を握りしめる。その感覚に、ようやくキーツは僅かに距離を取った。鼻が当たる距離。いまだに喋れば微かに唇が当たるその距離感で、ハッとキーツは笑う。

「良かったな、お揃いが出来て」
「……お、まえ、なぁ…!」

 にいと笑って、キーツはそのままパッと手を離した。それからまた手元に視線を戻すキーツは、特に変わりなく再び仕事を再開させる。
 クソと、口の中で悪態を吐く。先程まで自分の口の中にあった舌がなぞっていった歯列を自身の舌で撫でて、それがまたさっきの出来事を彷彿とさせた。
 多分、慣れているのだろう。別に自分が慣れていないというわけではないが、掻き回されているくらいは流石に自覚していた。
 しばらく立ったまま、何とも言えない表情で息を吐く。その場に満ちるのは紙を捲る音とたまにサラサラと文字が紙を走る音くらいだ。

「…ん。あ、座っとけよ」

 キーツは顎でくいとテーブルの前にある2人がけの椅子を指す。それに視線を向けて、一度息を吐いてからそれに従った。
 革張りのソファは座ればその分沈む。それでも革であるからか沈みすぎる事はなく、座り心地の良さがクリードを僅かに安心させた。
 机に並べられた資料に軽く手を伸ばす。隠されているものでもないのなら読んでもいいものだろう。自分が関係してある事であれば先に知っておいた方がいい。キーツが終わるまでは時間潰しに丁度いいだろうとそのまま目を通し、しばらく。

「全部読んだかよ」
「…あぁ、一先、ず。は、読んだ」
「……」

 声の方へと顔を上げれば、いつの間にかソファの背凭れに両肘をかけたキーツと目が合う。思わず僅かに飲み込んだ言葉を続け、それから資料に目を落とすフリのままに視線をキーツから離した。
 しばらくの無音。その全ての音と彼の視線が自分に刺さっているのがわかる。可愛らしい視線ではない、じとりとしたものだ。居心地がいいものではない。

「お前さ」
「…なんだ」
「……。んー…」

 考えるように一度視線を上げ、それからキーツはわしゃりと一度クリードの髪を撫でた。ぽんと手をそこに置き、そのまま背凭れに手をついてひょいと正面に飛ぶ。それを目で追っていれば、キーツはそのままどかりといきなりクリードの膝の上に乗った。流れるようなその行動にギョッと目を見開き、そのままクリードはキーツを見る。視線の先のやけににやにやと顔を歪めるキーツに、何か嫌な予感を覚えながらもぐいと彼の肩を押した。

「だから。…なんだ、一体」
「はは、荒療治?」

 は? と。表情で言葉もなく聞き返す。しかしそれにキーツは笑みを深めるだけであり、自身の肩を押すクリードの手首を取ってまるで過去の出来事を思い出させるようにその手首に口をつけた。

「っ、…おい、ラズ」
「はいはい」
「はいはいじゃなくて」
「あー…」

 ゆっくりと。キーツは口をつけた手首をその唇から離す。伏せた目が数度瞬きを繰り返し、それから。す、と視線を上げた。
 ぎくりと、体が強張る。その視線の鋭さに自分の色が混ざっていることは今だに慣れない。ただそれでも、その視線の色がたとえどちらも薄紫になったところで。彼の視線を自分と同じものにできるとは思えなかった。
 クリードが何か言葉を言おうと口を開くその前に。しかし薄く開いた彼の唇が音を出す方が早い。

「動くな、黙ってろ」

 ピタリ。僅かに見せていた抵抗が、その言葉で覆われる。クリードのその態度に満足したのか、キーツは頬を上げて目を緩める。

「はは。従順で何より。いい子だな」
「…何なんだよ、新しい遊びか?」
「ん? 言ったろ。荒療治」

 だから、荒療治ってなんだ。その言葉を最後まで口にすることはなく、その前に再びキーツが声を出した。

「いいか、嫌だったら止めろよ」
「は…?」
「嫌だったら。ちゃんとお前の意思で止めろ。…言ってる事分かるな」

 そこまで馬鹿じゃねえだろと片目を細めるキーツに眉が歪む。さっき言っていた「荒療治」という言葉が、やけに頭の中で響いた。
 ゆっくりと、キーツの両手がクリードの頬を包む。目尻を親指が撫でて、そのまま前髪で隠された左側をゆっくりと手で掻き上げられた。顕になった目の下の傷跡を、キーツの指がじわりと撫でる。手の温度は温かく、それに包まれれば意識がどうであれ心が落ち着くのは何故なのだろうか。ざわつくのと同時に、どうしてもその温もりを失いたいとは思わなかった。
 キーツは少し目を細めて、クリードが受け入れる様をふうんと見る。そのまま瞼を撫で、鼻筋を撫で、ゆっくりと唇を親指が撫でた。手袋越しにでもキーツの温度は確かに熱として肌に侵食していく。

「…楽しいのか?」
「んー? ん、まあそれなり?」

 クスクスと笑いながら、彼はクリードの長い前髪を指で梳く。それを耳にかけて、また頬を包むように耳に親指を這わせて。目を緩く細めたキーツは、そのままくいと体重を上げて左側の瞼に唇を落とした。その後にまた瞼を撫でて、それから「ん」と瞬きを一つ。

「あ、こっちの方がいいか? まどっちでもいいか」
「…は? 何」
「目。俺の方にしてもな〜って感じだもんな」
「……。別に、どっちでもいいだろ」

 はは、そりゃそうだとキーツは笑う。「今はこれもお前のもんだもんな」とまた撫でて、しかし次に彼が唇を落としたのは右側の瞼だった。何とも言えないまま、クリードは口を結ぶ。この男がよくわからない「遊び」に興じるのはいつものことだし、それに付き合うのも基本的に自分だ。慣れていないわけでは、ない。ないのだが。

「んー…」

 視界の半分以上を埋めるほどの近くにいる男には、自身の付けた欲の痕が消えていない。だから余計に、目に毒だった。男だってわかっているはずだ。それなのに。
 クリードの視線に気がついたのか、キーツは目を瞬かせて視線を合わせる。そのままあどけなさの残る少年のような顔で笑ったかと思えば、その顔が男の首筋にすっと近づいた。流石にその後にされる行動には予想がついて、ぐいと彼の肩を押す。あまり力が入っていなかったのか、キーツはすんなりとその首筋から離れた。しかしその顔にはいまだに笑みが浮かんで、その唇はいやに形良く動く。

「嫌?」
「…はあ? いや、嫌とかじゃなく。お前──」
「だから」

 言葉を区切るように。また笑みを深める。

「嫌、だったら。止めろって言ったよな」
「……」
「言えよクリード」

 嫌?

 ぐっと下唇を噛んで、眉を寄せる。その様子に、キーツは吹き出すようにカラカラと笑ってそのままゆっくりとまたクリードの頭を撫でた。

「素直なんだか何なんだか。…そんなんだから可愛いって言われんだよ俺に」
「……うるせえな。好きなようにすれば」

 はは、と、その声のままキーツは笑う。そしてゆっくりと、再びぐいとその赤色が首筋に寄る。息が、クリードの首筋にかかる。唇が肌に触れるか触れないかのぎりぎりの場所でそのまま数秒止まって。クリードは僅かに身を固まらせた。それを確認してから、キーツはその場でふっと笑う。息が、肌にかかって。ぞわりと肌が粟立つような感覚がする。嫌なら抵抗すればいいだけだ。おそらく僅かに身を捩るだけで、一言嫌だと言うだけで。きっとこの戯れのような行為はすぐに終わる。分かっているのに、分かっているからこそ。何も言えずに言葉を飲み込む羽目になる。
 欲として見ているわけではない。それでも、嫌という言葉は嘘になる。多分嘘でも、きっといいはずなのに。それでも確かに男は、この赤色であれば何をされてもいいのだと、おそらく心から思っているのだ。
 クリードは動かない。抵抗はない。キーツはしばらく何かを待つようにそのギリギリを保っていたが、しかし「馬鹿だな」と一つ小さくこぼしたかと思えば、そのまま小さく口を開けてその肌に吸い付いた。僅かに痛みが走って、それから離れた肌が僅かにひやりと冷える。「んー」というキーツの機嫌の良さそうな声に、そこに確かに跡がついたのだと悟った。

「……満足したか?」
「んー、もうちょい」
「…あそう」

 もうどうにでもしてくれと言わんばかりに身体を弛緩させる。殺してくれてもいいと思っている相手にそれ以上何が嫌な事があるのだろうか。長く息を吐いて、クリードは背凭れに体重を乗せる。その様子を眺めるように見たキーツは、ふうんとまた片頬を上げるように笑った。

「随分リラックスしてんな」
「…何言っても無駄だろ。別に気が済むまでやってくれて構わない」
「んー…そういうのじゃねえんだけど……」

 しばらく考えるように視線を上に投げて、それからキーツは大きく溜息を吐いた。ガシガシと頭を掻いて、ふうとそのままクリードを見る。数秒、考えるように一度目線を外してから、キーツは「よし」と一つ頷いた。
 口元に、再び笑みを浮かべる。そのまま、ゆっくりとクリードに近付いた。否、正確にはクリードの顔に。顔を手で押さえる事もせずに、ただゆっくりと近付く。動きはとても緩慢であり、避けれもするし逃げれもするような、そんな動きだ。
 だから、何をしようとしているかはすぐに理解した。

「…強情だな」
「……」
「……嫌なら嫌って言えって言ってんだけど、俺は」

 近付いて。それから鼻先が触れ合ったその場所で、キーツは呆れたように息を吐く。それでも頑なにその言葉を言わない男に、きゅっと指で頬を柔く摘んだ。クリードは僅かに抗議するような視線をキーツに向けて、それでも何も言わない。

「何。いいの? 奪っちゃいますよ」
「…だから、俺は、」

 その言葉の続きを彼に言うには、少しだけ意地が足りない。
 お前が思ってる以上に、多分、俺は。
 僅かに恨みがかったような視線をぶつければ、キーツはん? と首を傾げるだけで分かっているのかは定かではない。本質の量までは、おそらく正確には分かっていないのだろう。分かっていたら、こんな風に言葉を投げかけてくるはずがないのだから。

「…何が悲しくて男とキスしてえんだって。……なあ、お前さー、俺の事が好きなのは知ってるけど、キスしたいわけじゃねえだろ」
「それは。…まあ」
「おぉ…だよな。……でも言わねえんだ?」

 無言は肯定だ。何も返さないクリードに、キーツはお前ねえと肩を落とす。呆れた声だった。
 そのまま呆れた視線で、キーツはクリードの頭をぐるぐると撫でて顔をぺたぺたと触る。頬、目尻、眉、鼻、口、耳…と、顔をそのまま形作るようにして撫でてから、それからふっと笑ってかんたんに爆弾を落とす。

「まあいいや。じゃあ舌出せよ」
「……は、あ?」
「はは、荒療治っつったろ」

 笑う。しかし言った言葉を訂正する気はないようで、キーツは「ほら」と指でくにとクリードと唇をほぐした。数秒、黙る。出せと言われれば出せるが、それでも多分、それをした後その後に待っている事なんてこの状況で予想がつかないほど馬鹿でもない。
 キーツは笑う。それでも無理やりその口を開けさせる事はなく、ただふにふにと遊ぶようにして唇を弄るだけだ。いっそ無理やりしてくれた方が心は幾分と楽ではあるのに、それを知ってか知らずかキーツたただ楽しそうに笑っていた。
 また、数秒。すぅと息を吸って、それから口を開いて舌を出す。薄い舌が唇を割って外に出て、そこで遊んでいたキーツの指に僅かに触れた。

「……ほんと、馬鹿だな」

 落とす言葉に呆れの苦笑を混ぜて、それからつんと舌を指で撫でる。クリードの反応を楽しむように遊んでから、キーツはその舌を食べるように口を開けてそれを食んだ。
 舌が触れ合う。赤い髪と負けないくらいに赤いそれは、口の中から出れば酷く蠱惑的に見えた。視覚的な暴力をせめて抑えようと目を閉じれば、しかし視覚的情報を得られなくなった感覚は過敏になり、ぴちゃりと舌が絡む水音すらやけに生々しく耳に残った。舌を吸いつかれたと思えば、そのままその舌が口内へと入ってくる。歯列をなぞられ、上顎にまで舌を這わせられて。思わず押し返そうと舌を伸ばせば、その舌を絡みとるように吸いつかれる。
 息が、溢れる。熱が溜まる。あのにおいはないというのに、強制的に熱がこの男によって作られていく感覚。視界が赤に染まる。
 気を抜けば、僅かにでも意識を鈍らせてしまえば。自分がどう行動するのかなんて想像もしたくない。
 ぴくりと、指が動く。それにぐっと力を入れて押さえ込んで、混ざった唾液が同時に喉に流れ込んだ。
 嫌だという感情はない。それでも、ここで止めていないと何かが壊れる予感がする。
 手を背中に回す。男のシャツを掴んで、引き離そうと力を入れる。それでも。それが引き離すものではなくただ押さえているものになっている事にはおそらく気付いてもいないのだろう。僅かに離れるタイミングで息が漏れて、そこから言葉もなく相手の名前を呼ぶ。
 視線が、あって。それに誘われるようにまた口を寄せて。
 それから。

 ──ガチンッ。

「って、ぇ…!」

 舌に走る痛みに思わず顎を引く。は、と息を吐いて手の甲で口元を拭えば、唾液に僅かに赤が混じっているのが見えた。
 そのままキーツを見れば、男はただ楽しそうに口角を上げていた。唾液が唇を濡らして、べ、と舌を見せる。赤い舌は変わらずにあり、しかしそこから血は出ていないことから痛みがあったのは自分だけなのだろうと察する。そのことに安心して、一つ息を吐いて肩を落とす。
 その様子を見ながら、キーツは口角を上げたまま嫌に楽しげに声を出した。

「良かったなぁ、これでここ暫くは何か食うにしても俺の事思い出せて」
「……。ほんっとに、お前、趣味、悪ぃ」
「はは」

 ご愁傷様、と。笑う男の言葉の意味は、きっと正しく理解したのは本人たちのみなのだろう。

同人誌だった