会話
『クリードはジジに気があるんじゃないか』
そんな噂が立ったのはつい最近の事だ。
どこからそんな噂が立ったのかはわからない。お互いにキーツに近い構成員というだけに、ある程度の気心もしれているだろう。
クリードがジジに。あるいはジジがクリードに。
そんな根も葉もない噂が(もしくは根も葉もある噂が)、いつからかこのロナイトファミリーの中で実しやかに囁かれていた。
「……て、噂。知ってる?」
「ほお〜、なんだなんだ! 面白え話じゃねえか」
お前らお互いに浮ついた話なんて一切聞かねえからなあと、ジジにコーヒーを渡されながらキーツは豪快に笑う。
仕事が落ち着いた昼間。屋敷は比較的穏やかな時間が流れていた。蓄音機は最近キーツがお気に入りだという無名のアーティストがメロウな音楽を奏で、それにコーヒーの香りが乗る。NYの4大マフィアの昼にも、勿論穏やかな時間は流れるのである。
男は一口喉に通し、それに美味いと笑って返して。
「……終わり?」
「あ? 何が?」
だから、さっきの話。
呆れてジジがそう言えば、キーツは一度目を瞬かせた。たぷん。手に持ったコーヒーを揺らせて、その黒の中と目が合う。興味のない話だろうか。浮ついた話は好むだろうに、とジジはキーツの正面のソファに座る。
別に、噂が好きな年頃の娘でもない。それでもこの話題を敢えて口にしたのは、ジジにとっても少しの好奇心だった。
ドンという立場に立ったこの男は、多少は昔よりも女遊びに慎重になった気がする。昔から酷かったというわけではないが、しかしその立場になれば自身の振る舞いを考えないわけにもいかないのだろう。それは当たり前の話ではあったのかもしれない。
だから、気になった。
彼と近しい人物達が、自由に恋愛をしているとしたら。すでにそんな事が出来なくなったであろう男は何を思うのだろうかと。
我儘だっていつも沢山言葉にする男は、しかし肝心なところを言葉にしない節があった。
「いいじゃねえか。まあ…色々あったが、お前だってアイツを信じてたから黙ってた事もあるだろ」
「……」
「はは、何か隠してんなあとは思ってたけど」
ニヤニヤと笑うキーツに、ジジは少し溜息を吐く。一歩間違えれば死んでいたあの場面で、今死んでいないことが唯一の事実なのには代わりない。むしろ、自分だって罰せられる立場だった。
何せ黙っていたのだ。黙するということだって罪のうちである。それも、時期ドンという立場の男に念を押されていたのにも関わらずなのだから目も当てられたものじゃない。
それは、見るものが見れば裏切りと同義だ。
キーツだってそれを分かっているはずだった。だと言うのに、それを更に飲み込んで。男は黒いものを白にした。男が他の誰か1人にでもそのことを口にしたら、おそらくジジだってすでにその頭に穴が空いている。
それが優しさではなく甘さだということを分かった上で。
「でも。それでキーツはいいの」
「あ? 何が」
「クリードが私と恋人」
まあないけど。そんな言葉を喉の奥にしまいこみながらジジが言えば、数度の瞬きが返ってくる。パチパチと長いまつ毛が揺れて、男はその後に「ふむ」と一つ考えるそぶりを見せた。
「まあ〜お前ら色恋の話一つ聞かねえからな」
「…そう言われてみれば確かに。筆頭かもね」
「だろお?」
色恋。とはまた違うかもしれないが、確かに裏稼業を生業としている人間であれば浮ついた話の一つや二つくらいあってもおかしくはない。むしろそれが普通だろう。
アドレナリンが出れば当然色欲だって湧き起こる。それは男女問わずの話だ。
誰と誰が穴兄弟だとか、そんな話題だって珍しくない。現におそらく、目の前の男とそういう意味で兄弟関係の人間だって少なくはないだろう。ファミリー内でも珍しくはない。現にファミリー内で結婚だって見るくらいだ。
だからさ、と男は続けて。それからまだ湯気の経つ珈琲を口に含む。
「俺はお前らが幸せに笑ってくれてりゃそれでいいよ」
そんな言葉を、事もあろうにマフィアのトップが口にする。その異様さが、ある種不気味だということを男自身が気付かない。
ジジはキーツが好きだ。それは信頼するファミリーのドンとして、友人として、家族として。
それは間違いない。そしてその感情は、このファミリーに属するものであれば誰しもがそうだろう。だから、彼自身も彼を大事にしている。
──そう、だから、大事にしているのだ。
その歪さすら、キーツには自覚がなかった。
いい奴だぜ、クリード。そんな言葉を言って、キーツは笑う。それになんの含みもない事が何よりも伝わってしまうのだから、ジジはまた溜息を吐いた。
「──ってさ」
「……それ、俺に言う必要あるか?」
「ははは」