マウント

 ──怒っている。と、相模原は珍しく目を泳がせる。

「……瀬基、これ、まとめた資料」
「あぁ、そこ置いといて」
「……」

 表面上、男の態度はいつもと変わらない。コーヒーを飲みながら他の資料を見る様は、まるで「あとで読むから」という理由でそこに置いておいてくれと言わんばかりだ。
 それももちろん嘘では無い。今は手に持っている資料を見たいのも嘘じゃないだろう。
 いつもなら言わない言葉というわけでもない。だから、彼女以外に、この男が怒っている事に気付く人間はいないだろう。
 だからこそ、何も言えない。相模原は、自身の首に巻かれた包帯をかり、と掻いた。

 ──そもそもの、発端は。


 同じ一課と言えど、必ずしも同じ事件を担当するわけではない。基本的に班となるチームは変わらないが、それでも例外というものはある。
 瀬基と相模原は、基本的に同じチームに配属されることが多かった。犬猿の仲だということはある種有名な話であったが、しかしだからこそ他の誰よりも息が合った行動が多かった。
 しかし今回は、そんな中でも珍しく班が分かれたのだ。
 同じ調査本部ではあったが、班が違えば動き方も変わる。そんな中で、一課の中でもめずらしい体術にも優れた女性である相模原は、囮の役になったのだった。
 勿論、それは珍しい話ではない。彼女が囮になるのはこれが初めてじゃなかったし、何度も経験したことのある話だった。
 それでも、今回は少しばかり特殊だった。
 執拗に女を襲う今回の犯人は、プロの格闘家とも同等の体術を扱うと言う話だった。だから、今回、例え体術に優れている相模原とは言え危険だと、その話を聞いた瀬基は反対したのだ。それは、相模原が恋人だからという話でない。客観的に考えて危険すぎる上に、成功率だって悪いものだったからである。
 そして今回、自分は彼女と班が違う。同じなら守れるものも、今回ばかりはそうでないだろう。彼女の班の人間が優秀でないと言いたいわけでもないが、しかし、咄嗟の判断、そして総合的に見ても瀬基よりは明かに劣っているのは事実である。瀬基が相模原と同じ班だったのなら、もしかしたら頷いたかもしれない。それも冷静に考えて、仕事上での自分と相模原の相性の問題からである。そこに、瀬基自身の感情は入っていない。
 しかし、そんな事も。同じ班なら事前に言えた反対の意見だ。

 その件を、瀬基が知ったのは。
 ──相模原が、今、襲われているその時だった。








「…清李」
「……」
「……ごめん、ね?」

 仕事も終わり、瀬基が家に帰ったころには相模原は既に家に帰っていた。いつだって、どれだけ喧嘩をしたって「ただいま」を言う彼が、帰ってきてから一言も話さない。
 そんな様子に、相模原は思わずおずおずと声をかけた。いつもならソファで寛ぐ男は、しかし今日に至ってはそこに座らずに食卓を並べるテーブルの椅子に腰掛けている。コーヒーを淹れてただ静かに飲む姿は、やはり近寄り難さが全面に出ていた。
 静寂が満ちる。相模原は、ただ目を泳がせるしかなかった。喧嘩は慣れているが、それでも、今回ばかりは余りにも自分の部が悪い。

「…何に謝ってんの」

 そんな様子に、瀬基は息を吐きながらようやく口を開く。それは、瀬基なりの譲歩だ。それが何よりも分かる相模原は思わず顔を上げるが、しかし問われた言葉に返すものが咄嗟に出てこない。男はまた息を吐く。

「危険を犯すなとは言ってねえ。……それでも、あの判断は違うだろ」
「分かっ…てる、けど」
「けど、なに?」

 そもそも、瀬基にその情報を流さなかった時点で、それが勝算の低いものだと何よりも相模原自身が分かっていた証拠だろう。反対されると分かっていたから、何も言わなかった。時間がなかったなんていうのはそれこそ言い訳だ。連絡手段が無いわけでもない。なにかと言い訳を付けて連絡をしなかったのは相模原の意思だった。
 結果として、確かに最後まで性的な暴行を受けたわけではない。それでも、危なかった。聞きつけた瀬基の班が間に合っていなければ、それこそ。
 ふー、と、感情を逃すように男は息を吐く。それからまた彼女を見て、はっと吐き捨てるように言葉を落とした。

「まさか、襲われたかったってわけじゃねえよな?」
「っちが」
「なあ、相模原」

 咄嗟に否定の言葉を出そうとした彼女に、瀬基は自嘲したような笑みを見せる。相模原、と。敢えて仕事場と同じ様に彼女を呼んで。
 静かに。目線を合わせた。

「お前、俺に他の女抱いて欲しいの」
「────……」

 知らずに、相模原は息を詰めて目を見開く。口が、わなわなと、震えて。しかしそこから音が震えることはなく。
 それは、自分と瀬基の立場が逆だったらの話だろう。知らない間に、自分の片割れが違う存在と自ら進んで行為に及ぼうとしている。それも、成功率の悪い──最悪、命を落とすか、それでなくても最後まで犯されるかのものだ。仕事とは分かっている。だから、瀬基も職場では何も言わなかった。ただ、今は自宅である。今のこの、瀬基の言葉は──ただの、感情的な言葉だった。自分の感情を切り離して考えられるはずの男にとっては、余りにも珍しいただの私情の話だ。
 傷付けた、と、思った。お互いのその表情を見て、お互いに、そう実感する。
 数秒の無音がその場に満ちて、しばらく。男は息を大きく吐きながら肩を落とした。

「……はー、ごめん。今日は無理だ。冷静になる。………ちょっと外出てくるわ」

 立ち上がった瀬基の腕を、咄嗟に相模原が掴む。男が息を吐いて、そのまま緩く腕を離そうと手にかけて。しかしきゅうと嫌がるように力を込める彼女に、苛立ったように男は女の名前を呼ぶ。

「相模原」
「嫌」
「……今は、余計な事も全部言うって話。落ち着いたら──」
「今離したら長引くって分かってる! …ごめん、分かってる。……いか、ないで。このままは、嫌」

 経験上全て知っている。「こう」なってしまったら、瀬基は相模原を執拗に避けるのだ。それも、周りには気付かれないように自然とするものだから、必要以上に辟易とする。
 お互いに非を認めない場合はまだ楽だ。譲れないものがあるのはお互いにも分かるため、全て飲み込める。こう思っているんだろうなと分かるから、引き際も分かるのだ。
 しかし、この場合は違った。
 男も、何も一方的に怒りをぶつけたいわけではない。相手が反省しているとわかるなら尚更だ。惚れている大切な人間を痛めつける趣味もない。特に眉を垂らした相模原には、殊更男は弱かった。
 胃に溜まる感情は、どこにも行き場がない。普段の男なら──否、彼女以外に対してなら、そんな感情だって簡単に消化できるというのに。

「……(…どうしようもねえ、な)」

 目を伏せる。僅かに息を吐けば、ぴくりと相模原の肩が動いた。伺うように瀬基を見る目は不安げに揺れている。気の強い彼女のこのような目は珍しい事この上ない。それだけ、今の彼女が不安定なのが分かる。
 常の瀬基なら、息を吐いてしまえば簡単に切り替えることが出来るだろう。それでも、彼女の首筋を目にしてしまえば──痛々しい包帯が巻かれていて。その下のことを思い出せば、やはり何かを思わない筈もなく。

 相模原の頬の輪郭を指で辿る。そのまま顎を伝って、首筋に。包帯が巻かれたそこを軽く指で引っ掻く。止められたテープが爪に引っ掛かって捲れ、はらりと、そのまま包帯が解かれていく。
 露わになる首筋に浮かぶのは、少しの痣の傷跡に──鬱血痕のそれらで。瀬基は目を窄める。自分ですら付けたことのない、目立つ場所に付けられた所有物の印。襲った男の趣味が伺えるというものだ。そこに、指の腹を当てて撫でるように滑らせる。

「じゃあ、選べよ」
「………」
「一旦落ち着いて時間を置くか。──俺に、今、傷付けられるか。…言葉とかそういうのだけじゃなく、多分、今なら普通に犯すぞ」

 余裕がないことは自覚していた。むしろ今こうして話せているだけでも僥倖だと言えるだろう。冷静な自分は、皮肉な事にいつだってどこかに存在している。
 だから。

「後者、で」
「……」

 期待していた答えとは逆のそれに無言を返す。頑固な彼女の事である。一度決めたことを曲げないのは彼女の美点でもあるが、このような状況ではそれも苦々しく感じるだけだ。
 意固地になっているのだろう。それは瀬基にも分かった。だから、努めて優しく声を出す。

「涼。多分、相当余裕ねえから、本当に酷いことになる。……出来れば、離してほしい」

 ふるふると、相模原は首を振る。それに、く、と、瀬基は唇を僅かに噛んだ。
 何も、酷い事をしたいわけではない。傷付けたいという暴力的な感情は、確かに、無いとは言えないのだが。

「……馬鹿だな」

 仕様のない子供を見るように、僅かに笑む。頭に手を置いて、くしゃりと彼女の柔らかい髪を軽く撫でて。それから。

「っ、え、ぁっ!?」

 ガタンと音を立てて、近くにあった机に腰が当たる。たたらを踏むように後ろ手をテーブルに着き体勢を整えるが、しかしそのまま両手を阻むようにして置かれてしまえば、勿論退路は絶たれた。
 そのまま、するりと相模原の首筋に顔を埋める男に、ひくりと喉が鳴る。ここでするつもりなのかと思わず目を見開いて、首筋に吸い付かれる感覚に背筋が粟立った。

「せ、めてソファ……──っん」

 食卓を囲むテーブルだ。それは勿論ただの家具であり、そういう用途ではない。角が当たれば痛いし、何より木製のそれはクッションの役目を果たさない。腰よりも少し低い位置にあるテーブルは、少し身を寄せればすぐに身を乗り上げてしまう。
 包帯が解けたその場所に、瀬基の舌が這う。ぬるりと生温かいそれに、思わず相模原はテーブルを爪で引っ掻いた。それから。

「いっ……つ、ぅ…」

 ガリ、と、男の歯が肩口に食い込む。鋭い痛みは、血が滲んでいると容易に分かるほどのものだ。

「は、柔っこい肌だな。……──簡単に食えそうだ」
「……ぅあ、あ…っ…」

 一度歯を抜いた男は、歯形が付いたそこに舌を当てる。血の味が口の中に広がるが、構わずそれを舐めとった。その度に、彼女の身体はびくりびくりと跳ねる。痛みと、それからそれ以外の何かと。力が全て抜けるような、しかしそれでいて全身に力が入るような感覚。バラバラと、思考が溶かされていく。
 その間にも、男は他の場所に吸い付き、噛みつき、舐め取りを繰り返す。シャツのボタンはいつのまにか中途半端に上の四つまで解かれていて、だからこそ両腕が自由に動かない。常なら男の背中に縋り付いているものは、今はテーブルを引っ掻くだけだ。

「…これで見えなくなるか」

 ぽつりと落とすその言葉に、相模原はあぁと納得する。付いている痕の上から、それを覆い隠すようにつけられているのかと思うと、知らずに彼女の手は瀬基の頬へと伸びた。それに訝しみ、男は顔を上げる。

「なに」
「…………」
「…相模原」
「………背中、手、回したい」

 控えめに溢れた言葉に、瀬基は目を瞬かせた。くしゃりと耳あたりの髪を撫でられ、その手の熱さに男は苦笑する。
 こんな状況で確認するところが律儀というか何というか。内心で僅かに呆れ、瀬基は自身の頬を撫でるその手を自身のそれで上から重ねた。指を絡めて、緩く握りしめる。それからそれを、静かに机に縫いつけた。

「……駄目」
「んっ」

 悪戯好きの笑みを浮かべ、そのまま口付ける。舌を吸えば、彼女の喉が震えた。そのまま、男はぐっと体重を欠けていく。力の抜けていたところのそれに、相模原は小さく声を上げそのまま机に押し倒された。足が浮く。爪先を伸ばせば、かろうじて床を掠める程度だ。それから机に縫われていた両手を絡め取られ、ぐっと頭の上に男の片手で固定される。
 ピッと、瀬基は相模原の残ったシャツのボタンを指で下に弾く。雑に押されたそれは、ころんと床に転がり次第に音をなくした。
 はだけたそこに目を落とせば、今回の事件で負ったであろう擦り傷や打撲痕が数箇所目立つ。外出することが多い彼女の肌は健康的な色をしているが、服で隠れるそこは白く、だからこそその傷は小さくとも存在感を放っていた。そしてその他にも、過去に負った傷が傷跡として残っているものも少なからずある。
 それを眺めて、男は少しだけ息を吐く。こうした傷であれば、むしろ瀬基はそれすらも愛おしいと思う男だ。女の肌に傷が付いていいものではないとも勿論思うが、しかしその一つ一つが彼女の誇りそのもので。

 彼女の刑事像が好きだった。いっそ愚直なほど真っ直ぐなそれは、見る者を惹きつける。瀬基がこの世で最も尊敬する人間もまた、相模原涼という一人の刑事だった。

 ──だから。ただの傷跡なら。
 目線を上げる。首筋についたそれらは、今瀬基自身が上から付けたものが殆どだ。人差し指を、つ、と首筋這わせる。もう一度と、男はまたそこに顔を埋めた。

「……は、…」

 上から、更にきつく痕をつける。桃色のそれは、二重にして付ければ赤が濃くなり酷く目立った。べろ、とそのまま舌を押さえつければ、淡い声が女から漏れる。

「きよ、り、そこは……跡、付いて、な…っんう」
「誰が任務で負った女のキスマークの数数えるんだよ」
「ひ、ぁ…っ、ぁ………ぁっ……」
「…痛々しくて、見てねえよ、誰も」
「ん、う…ぁ……っ」

 唇を寄せて、吸いついて。それから歯を立てて。付けられた痕の数よりももっと多く。
 鎖骨の下。肩近く。胸。二の腕。服に隠れるその白い肌には赤い痕は容易く付いた。それなら、と。たとえシャツを着たとしても見える頤に、男は唇を寄せた。は、と口を開けて。柔いその急所に歯を立てた。

「っ、あ、………っ、待って、見えるとこ、噛んじゃ、っ……噛み跡、は……いっ…つ、ぅ…!」
「黙ってろ」
「ぁ、ぁ……や……っ」

 付けられたのは鬱血痕だけであり、噛み跡はどこにもない。確かに男性が多い一課でそこまでじっくり見ていた仲間もいないだろう。しかし、少ないとは言え一課にも女はいる。包帯を巻いているとは言え、着替える時が来ないとも言えないのだ。
 いやいやと、彼女は首を振る。明らかに人に故意でつけられたとわかるそれが、隠しようのない場所につけられてしまえばどうなるかだなんて幾らなんでも分かった。
 首を振る彼女に、男はこの状況で嫌がる事の無意味さに呆れながら目を落とす。そして、ふと。逸らされたその首筋の横。丁度耳の後ろ辺り、普通にしていれば髪で見えないそこにまで、見知らぬ痕が付いていた。

「……は、こんなとこまで痕つけられてんの」
「ふ…っ、ぁ………あ……」
「……なあ。…他の男にさ、触られて、こんな痕付けられた時も。そんな声出した?」
「っ、出すわけ、な…っ」
「へえ」

 そう、と、ただ温度のないままに言葉を落とす。指を滑らせ、身体の輪郭を辿るようにして撫で、それからぐっと彼女のベルトを下げた。元々、軽く止めていただけのそれは簡単に太腿までずり下がる。突然外気に当てられた肌が少しだけ震えるが、しかしそれも瞬間的に無骨な掌で押さえられてしまえばそれ以上に背中が粟立つ。それから下着の上から割れ目に触れられ、知らずに腰が浮いた。

「はは、噛まれるだけでこんだけ濡れてりゃ世話ないな」

 ぐちゅ、と、自身から鳴るその水の音に相模原はカッと顔に熱が溜まる。裂けたそこをショーツ越しに撫で付けられれば簡単にそのショーツはつぷりと音を当てて中に沈んだ。
 そのまま、瀬基は指を滑らせショーツを横にずらす。脱がすこともせずに、ずれたその僅かな隙間から、くぷくぷと音を立てて指を埋めていく。襞を撫でられれば堪え切れずに声は漏れ、蕾を指で挟まれればびくんと腰が何度も浮いた。
 それから残りの手で、乱雑に肌を暴かれていく。
 肌を弄る無遠慮な手。それは普段の瀬基からは考えられないほどに荒々しい。それでも、その事こそが普段の瀬基がどれほど自分に優しく触れているのかをまざまざと思い出させた。
 いつだって、例え悪態を吐きながらでも、軽く戯れのような口喧嘩をしながらでも。男は、自分に触れる時、いつだって酷く優しく触れるのだ。

「──っ、ふぁ、あぁ………ぁ──……っ!」
「っと……あ? あれ、イッた?」

 それを自覚してしまえば、昂った気持ちと感覚に目の前に白が飛ぶ。まさかこれで達すると思っていなかった男は、思わず素で首を傾げる。肩で息をする彼女に、それが嘘ではないと知り目を瞬かせた。

「は、ぁ……っ、は……う、うう…」
「……」
「み、ないで…! ううう…!」

 そりゃ無茶がある。顔を赤くした相模原に、瀬基は心の中で反論する。彼女自身ですら混乱しているのだろう。うう、と唸り顔を覆っている。その様子を見て、瀬基は一度指を抜いて息を吐く。

「ふーん? はは、何だよ、一人で興奮して一人で気持ちよくなってんの?」
「ち、ちが……も、やだ……違う……」
「違わねえだろ。ほら、お前のイイとこはここ。さっきのはここな」

 ぐちゅりと水音を立てて、男は再度割れ目に当てた指を曲げる。ここ、と言いながら場所を変え、男の言う「イイとこ」をねとりと撫でつけられて思わず喉が反った。「外でもここまで早くイったの初めてじゃねえの」と円を描くようにしてそこを撫でて、抜き取った指に絡まった粘ついたそれを二本の指で遊ばせる。

「普段ならここまで反応しねえんだけどなあ…。…………他の誰かに開発でもされた?」
「な──っ、そんなわけ…っ私、は…!」
「黙っとけ」

 口を食べられるようにして覆われる。唾液を舌で掻き混ぜられ、びちゃびちゃと口の中で音がする。脳に響くようなその音はあまりにも思考を溶かす材料でしかない。
 唾液を交換するように、深く舌を絡める。男が覆うようにしているものだから、相模原の口から飲み込めなかった唾液が溢れた。それを見て、ようやく唇を離す。口から伝う唾液が、顎に垂れて首へと落ちていく。それを追うように、また新しく赤を散らせながら首に唇を落とせば、また彼女の体が震えた。

「っぁ……ひ…ぁ……んう………」
「はは、なんだ、優しくされようが酷くされようが同じくらい興奮すんだな」
「っ、あ……そうじゃ、な……ん、ぅあ………やぁ、や……っ…」

 ふるふると、否定するかのように相模原は首を振る。その瞼に唇を落とせば、そこに留まっていた涙が崩れるようにして流れた。
 その姿は、酷く男の加虐心を煽る。普段の彼女を知っていれば尚更だろう。そうでないと知りつつも、だからこそ男はそれを否定するかのように言葉を落としていく。はらはらと、生理的な涙を溢す彼女は酷く扇情的で、欲を煽るには度が過ぎている。

「だって…清李、が…」
「俺が? なに。言い訳?」

 緩く首を傾ける。快感を我慢しながら喉を震わせる彼女は目に毒だが、今の男にとっては頬を緩ませる材料にしかならない。
 どんな言い訳を彼女はこぼすのだろうか。瀬基は目を緩めて彼女の言葉を待った。

「き、よりが! 触るから…!」
「……」

 その言葉に、思わず、動きが止まる。責任転嫁のようなその言葉は、その、意味は。
 時間にすれば一瞬。しかし、確かに男の手は止まった。それから、目を、一度、二度瞬かせる。一瞬だけその視線を横に逸らし、呆れたように声を放った。

「……お前ね、ちゃんと意味考えてから──…あぁ、まあ、溶けてるか今は」
「んっ……ぅ……え、なに…」
「なんでも。……たく、力抜けるよ、本当に」

 触るから、だなんて。それならまるで、自分に触れているのが瀬基なら、どんな形であれ何でも興奮すると言っているようなものだろう。
 ずるずると、脱力のまま額を彼女の肩口に埋める。そこではあと溜息を吐けば、肌に息が掛かったのだろうか。そんな僅かな感覚にさえ律儀にひくりと彼女の身体が疼く。
 可愛い、と、思う。愛おしいとも思う。顔を上げて、彼女の頬に指を這わせる。そうすれば、彼女は気を抜いたように目を蕩けさせた。自分のこんな一挙一動に惑わされる彼女が健気で、可哀想で。──堪らない気持ちになる。
 指の背で、彼女の目尻を撫でつける。涙が男の指を伝う。それから、濡れた指で頬を辿り、首筋を辿り、下へ。

「分かんねえよな。……どんな、思いで、こんな…」
「はっ、あ、………ぁう、っ、ん…」
「…我慢して、我慢して。我慢して我慢して我慢して我慢して──、理性、飛ばさねえように、ずっとさ」

 肌が、熱い。触れる肌も、触れられる肌も。吐く息だって、自分でわかるほどに熱いのだ。指を辿ったところをなぞるように、唇を同じように這わせる。ちゅ、と、音だけは可愛らしいリップ音を立てて、首、肩、鎖骨、胸へと息を吐きかける。それからショーツの横を人差し指で引っ掛け、それからそのまま太腿までずらす。
 指で中心を触れるだけで彼女は息を詰める。中指をそのまま沈めていけば、既に十分に濡れていたそこはさっきよりも簡単にそれを飲み込んだ。

「……ぁ……っ…ん……ぁあ、あっ」
「……はは、大切にされてる事にも…気付いてねえとか、言うなよ。……虚しくなる」
「っ、そん───ぁ、あ………!」

 ひくりと、彼女の身体が痙攣する。爪先が伸びて、僅かに擦れた床を引っ掻く。ひく、ひくと痙攣が暫く続き、その様子を瀬基はただ眺めた。
 テーブルに押さえつけられるようにして、上半身だけ倒れる身体。シャツのボタンは殆ど解けて、床に何個か散らばっている。くしゃくしゃになったそのシャツは、腕に引っかかっているだけの布に成り果てている。半端に脱がされたショーツはまだ両太腿にかかっていて、完全に脱がされた衣類など何もない。腫れた目元の赤は、ひどく泣いたのだろうと誰でも分かった。彼女についた身体中の歯形も、鬱血痣も、強く握ったことで付いた赤い手跡も。こうして見下ろしてしまえば、強姦にあったと言われても簡単に信じられるものだ。その上、対して男の衣服に乱れはない。
 これを、彼女にしたのは、他でもない瀬基自身で。目を伏せる。身体中に散らされた赤は、治るまでにどれだけかかるだろう。

「…ごめ、きより、ちがう、違う」
「………」
「……清李、そんな、顔、しないで。…お願い」

 するりと、彼女は腕を男の首に回す。くしゃりと髪を撫でれば、男は擦り寄るように彼女の首元に顔を埋めた。
 怒ってくれてもいい。怒鳴られたっていい。酷い言葉を掛けられてもいい。痕を、痣を、幾ら付けられようが。本当は、瀬基になら、何をされたって。

「大切に、してくれてるのは……分かる、よ。分かってた、し…………その、今日、でも、すごく、分かった」

 男の頬に、手を寄せる。眉を僅かに垂らすその目尻に、そのまま、男がしたように相模原も唇を寄せた。

「…分かってる。ごめん、なさい。…もうしない。…ごめんね」
「……ん」

 するりと、瀬基は自分の頬に当てられた手を自分と馴染ませるように寄せて目を閉じる。静寂が辺りに満ちて、ただ無音がその場を占める。
 そのまま、数秒。もしくは数分だったかもしれない。目を伏せていた男は、ゆっくりと目蓋を上げる。

「……はー」
「……」

 大きく息を吐いた瀬基に、相模原は伺うように顔を小さく傾ける。その様子に思わず瀬基は苦笑した。まるで小動物である。いつもの彼女との差に目が緩んだ。男はゆっくりと身体を起き上がらせていく。それに合わせて彼女も身を起こせば、テーブルに座る形になった。
 相模原のもういいのかと言いたげな視線に、瀬基はそのまま軽く口付ける。何度か軽く唇を合わせて、角度を変えて。それを繰り返せば、相模原の力が抜けていくのが分かった。
 彼女はそのまま肩を落とす。頭を撫でれば、相模原は安心するように目を細めた。
 もう一度、と。瀬基は相模原に口付ける。啄むようなそれを繰り返せば、相模原はくすくすと笑った。つられるように瀬基も笑う。唇の表面だけを合わせたまま、角度だけを変えて何度も。何度も。

「ん…んっ………ふふ、っ……んっぅ…」
「…は、………涼」 
「ん──……ん…」

 小さな笑い声が口の端から漏れていく。頤に指をかけて上を向かせれば、彼女は簡単に上を向いた。先程よりも深く口付ける。相模原の腕が瀬基の肩にかかり、そのまま頭を抱えるようにしてそれを受ける。自然と互いに距離が近くなり、更に息が当たる。一度収まった熱がまた吹き返していく。あつい。あつい。思考も何もかも、輪郭さえ溶けそうだ。
 薄く開いた隙間から、するりと舌を滑り込ませる。互いに絡ませていけば、唾液が口の中に溜まっていった。ぐっと両手で彼女の頬を包み、瀬基は唾液を全て彼女の口に送り込む。

「っ、ん────…ふ、ぁ…、っ……ん、く…!」

 送り込まれたそれを飲み込もうと喉を震わせるが、追いつかないそれに相模原は自分の頬を包むその手を叩く。小さな彼女の反撃に、瀬基は喉を鳴らしてゆっくりと顔を離した。

「お、ぼれる、かと……けほっ」
「はは」
「笑い、事じゃ、ごほっ…は、ぁ……」

 こほこほと軽く咳を繰り返す相模原は、笑う瀬基にむすりと視線を投げた。それから軽く息を吐き肩を落とす。

「…ボタン、縫わなきゃ」
「あー、どこ落ちたっけ」

 きょろりと視線を床に落とす。相模原も同じように視線を落として、それから探そうと床に足を置いた。どこだっけ──と、探すために足を動かそうとして、しかし、それを阻むようにしてまだ尚置かれている両腕にきょとりと目を瞬かせる。

「清李?」
「んー?」
「…え、と。ボタン…探したいんだけど」
「後でな」
「………ま、だ。終わってなかったり…する?」
「そりゃあ勿論」

 俺、まだ服乱れてもねえよ。
 いっそ無邪気に笑う瀬基に、ひ、と相模原の喉が鳴る。そのまま相模原の背中に腕を回し、ひょいと軽々しくその身体を抱き上げた。

「うわっ!? ちょ、何…」
「何って。……ベッドに行こうかと。あ? ここがいいの?」
「は!?」

 そういう趣味があったかと笑う瀬基の背中をばしりと彼女は叩く。「やだ、じ、自分で歩ける! おろして!」「あはは、逃がすかよ」「に、逃げないから…!」「はは、やだね」バシバシと何度も叩く相模原に瀬基は笑いを返す。のんびりと軽やかな足取りで、瀬基は寝室まで足を運んだ。
 既に軽く二度は達している彼女は、ベッドに横たえられるときゅうと顔を歪めた。今からこの男に再度付き合うのかと考えると──。「うぅうう…うぅ……」と、相模原は言葉にならない声を出す。体力には自信がある。これでも鍛えてる身である。それでも男女の差。そしてこの男だって体力は勿論人並みではない。

「……じゃあ、もう…服、脱いで」
「ん?」
「服! 私だけ、は、なんか……やだ」

 諦めたように口を歪めながら言葉を落とす相模原に、瀬基は首を傾げる。それから自分を振り返り、あぁ、と納得した。そういえば脱ぐこともしていなかった。肌同士が触れ合うことすらしていなかった先程の行為が、いかに一方的なものだったか思い出させる。
 それが、嫌だと言う。理由は明確には分かっていないのだろうが、無意識にもそう感じている相模原に思わず瀬基の目元が緩んだ。

「じゃあ脱がせて」
「……ほんとに、変態」
「そうか?」

 けろりと悪びれる様子もなく首を傾げる男にきっと目を鋭くさせながらも、にこにこと笑っている男に言葉を訂正する気はないのだと悟る。おずおずと手を伸ばし、男のシャツへと手に掛けた。上から、順に、ぷちぷちと小さく音を立てて服を暴いていく。全てのボタンをそうして外した時、よく出来ましたと言わんばかりに男は彼女の目蓋に口付けた。

「──可愛いよ、本当に」
「っ、ひゃ、ぅ……」

 服をそのまま脱ぎ捨てる。露わになった鍛えられた男の身体から相模原は目を背けた。毎度思うことだが、恥じらいも躊躇いもなくどうしてこうも簡単に肌を見せられるのだろうか。自信を持っているという風でもなく、ごく自然なのがまた苛立ちを誘う。瀬基から言わせてみれば、男が服を脱ぐのを恥じらっている方が気持ち悪くないかという話なのだが──それはまた別の話である。
 既に解れた入り口に、指とは違う質量のものが押し当てられる。薄い人工的な膜を付けたそれは、押し広げるように奥へと押し入った。

「ぁ………っ、は、ぁ……」

 喉を反らせ、相模原はふるふると目蓋を震わせる。は、と息を吐く瀬基の熱が、徐々に相模原に溜まっていく。力を入れた方がつらい。経験上分かっているそれに、相模原はなんとか力を抜こうと必死で息を浅く吐く。ふわりと、球のような汗を湧き立たせ、その汗が落ちるたびに奥へと熱が入っていく。

「は────……あ、つ……」
「ん。……そうだな」

 あつい。その言葉と同時に、その言葉全てを喰らうように口付ける。舌を絡めて、歯列を辿って。ゆっくりと口内を舐った。舌を甘噛みすれば、相模原は鼻にかかるような息を吐く。その瞬間、ぐっと熱が奥深くまで入り込む。このような口付けをすれば、彼女の力が抜けるのはもう知っていた。

「ひ────……ぁ、っ…!」
「は…っ……あー…」

 男の眉がひくりと寄る。目元がわずかに赤らむ瀬基の表情は、相模原であってもこの時でないと見られないものだ。自分にしか見せない男の表情が見れるこの瞬間が、相模原は殊更好きだった。口にした事は、勿論ないけれど。
 その表情につられるように、相模原は瀬基の頬に手を寄せ男の頬にかかる髪の毛を耳にかける。「んー…?」とおかしそうに目を細める男に、相模原はそのまま背中に手を回した。

「ふは。…なに、誘ってんの? ………余裕だな」
「そんなんじゃ……あっ……ぁ、んう………ぁ」

 とんとんと腰を揺らせば、蕩けた女の声が男の耳朶を揺らす。彼女の裡は酷く居心地がいい。注挿を繰り返せば繰り返すだけ、中は蠢いて熱が絡み付いていく。無意識に相模原の腰も動き、それを確認した男は注挿を早めた。甲高い声が部屋に響く。何度でも経験している事なのに、彼女はいつでも初心な反応を見せる。裸を見られるのをいつまで経っても嫌がるし、男の裸を見るのは今だって直視する事はない。普段、仕事中であるなら幾らだって見れるというのに、場所を変えればきゅうと唇を噛んでふいと顔を背けるのだ。何とも分かり易い。

「ぁ……ふ、ぁ、あ……あ、だめ、ぁ、い…ちゃ、っ……」
「ん。もうちょい、我慢、な」
「ぅああ、う、ん──…んっ…」

 柔い挿入を繰り返すそれは、女の快感を燻らせ続ける。我慢、と言われ、それを律儀に守ろうとどうにか快感を逃がさんとする姿に男の目尻が和らいだ。きゅうと目を伏せ、悩ましげに眉を寄せる相模原の顳顬に口付ける。ふと相模原の目蓋が開き、視線が合う。きより、と、音にならずに彼女の唇が動く。それを合図に──ぐっと、勢い良く。男が奥まで入り込んだ。ぐちゅりと水音が響く。思わず背中を反らせた相模原の腰を男が掴み、それから。

「ひっ、あ、あ! あっ、あ、ん────ぅあ、あ……っ!」
「──はっ、……っ、涼」
「あ、や…っ、まって、あ、ぁ…あ!」

 勢いを増したその動きに、相模原は翻弄されるように息を詰まらせる。

「や、だめ……っ、がま、あ、ぅ……やあ、あ…!」

 我慢と言われたそれを、健気に守ろうとする姿に瀬基はぐっと舌を打って腰を打ち付ける。彼女の視界に白が飛ぶ。我慢。我慢。──我慢の、仕方すら、一瞬分からなくなって。
 飛びそうになるそれを、なんとか耐え、相模原は首を振る。我慢しろと言うのなら、もう少しゆっくり、と。視線でそう告げる彼女に、しかし瀬基は腰をまた早めて打ち付ける事で返事を返す。

「ひ、ぁっ…! ぁ、ぅ、んっ!……やぁ、だめ、やだ、やだあ……!」
「は…、はは。……あー……ほんっと……可愛いな」

 駄目だ。嫌だと。彼女は力なくふるふると首を振る。それでも勢いの増すその動きに、何度息を吸っても酸素が足りない。思考が飛ぶ。溶ける。解けていく。

「あっ……や…おねが、んっ、ぅ…!」
「お願い、っつー、のは…ほら、こっちで」

 くんと奥を叩く。腰を揺らせば、面白いほどに彼女の体が跳ねた。彼女の一番感じやすい場所くらい、既に知っている。
 相模原が目を見開き、はくりと口から空気を漏らす。ちかちかと、視界が点滅する。いっそ痛みとすら誤認するほどの快感から、堪えるように男の背中を掻いた。

「──ぁ、だ、め……も…」
「……ん。いいよ。好きなだけイっていいから」
「あ──────…ぁ……あ…っ!」

 びくんと。彼女の身体が震える。きゅうと、彼女の中も同じように痙攣し、その刺激に男の眉が寄る。「…ぐ、」と、まるで痛みに堪えるように、今度は男が息を詰める。堪えなくていい状況でも堪えてしまうのは、男の沽券に関わるからだろうか。相模原としては、是非とも堪えないで頂きたいところであるが──それを聞く男でもあるわけがなく。
 相模原の痙攣が続き、ビクビクと弛緩と緊張を繰り返すそれが治まる前に、瀬基は相模原の腰にまたゆっくりと押し入る。小さく律動を始めれば、相模原は目を見開いた。

「あ…まって……まだ、ぁ、イって、やぅ……ふ、あ、ぁ…!」
「好きなだけイっていいって言ったろ。…俺も、もうちょい──っと」
「ひ────ぁ…あ! ぁ……ぁ、あ………」
「っ……あっぶね…」

 びくりと相模原の身体がまた震える。予想していなかったそれに男は言葉を一瞬飲み込んで、一つ息を吐いた。ひく、ひくと彼女はいっそ可哀想なほど身体を震わせる。その姿に煽られるのは、庇護欲と、それに相反する加虐心で。「食っちまいてえなあ…」と思わず口を滑らせれば、責めるように相模原の視線が男を刺す。その視線に、またトントンと軽く奥を攻めた。

「あっ……ぁ、や、……おねが…ちょっと……まって……」
「んー…」
「お、ねがい…」

 するりと、力のないままでなんとか男の首に腕を絡める。ひゅうひゅうとそのまま男の耳許で呼吸する相模原に思わず苦笑した。どこでそんな技を覚えてきたのだろうか。女の熱い息が、耳にかかる。逆効果だと言ってやろうかとも思うが、必死に酸素を求めるその姿はあまりにも劣情を煽り立てる。言ってしまえばこれを味わえなくなるのかと思うと、言葉を飲み込む方向へと意識は傾くもので。
 相模原の呼吸が落ち着いてきた頃、ゆっくりと瀬基は相模原の力の入っていない腕の拘束から離れる。視線が合い、またゆっくりと近付いて、口を付けた。しっとりと、唇を合わせて。下唇を軽く食み、戯れのように引っ張って。それから。

「あっ……んっんっ……ぅ……」
「ほら、頑張れ」
「ん──ぅ……んっ」
「は……っ……。…ん、えらいえらい」

 締め付けるそれは酷く心地がいい。いつぶち撒けてもいいそれに、男はまた律動を激しくした。女を押さえつけるようにして快感を求める。相模原から漏れる声が、男の思考も溶かしていくようだった。
 どれだけ繰り返したか。次にびくんと相模原の腰が揺れた瞬間。瀬基も同じくくっと片目を細めた。

「………はー…」
「ふ、ぁ……あ……」

 とろんと、相模原から力が抜ける。背中に回っていた腕も解かれ、力なくシーツに沈んだ。もう無理だ。酷く目蓋が重い。否、身体が全て重く感じる。息をするのも酷く億劫だ。倦怠感の残るそれは、行為の後の独特な感覚だった。ずるりと、男が自分の中から出ていく感覚に思わず「んぅ」と声が出る。その声に、また軽く瀬基は口付けた。

「……は、あ…」
「ん。眠い?」
「ん──…ん。ねむ、い…」

 そ。と、瀬基は目を緩める。子供をあやすように頭を撫で、そうすれば相模原は嬉しそうにゆるりと顔を崩した。目蓋が落ちていく。意識を手放すまで、もうあと数秒程度だろう。
 そんな相模原の様子に、瀬基は軽く口付ける。んむ、と、声を漏らし、微かに目を開ければ、酷く甘い顔をした男が視界に入る。

「うん。眠くなったら寝ていいから」
「ん。…────んっ、う!? ひ──っ、あ……っ、ぁ……」

 微睡む意識の中で、また自分の中に一気に熱が入ってくる。思わず目を見開く。そのまま注挿を始めるそれに、はくりと女は自分自身の喉を曝け出した。その喉に、男は噛みつく。思わずまた男を締め付けた。その刺激に、瀬基はまた激しく奥へと押しつける。
 駄目だ。もうこれ以上は無理だ。幾ら何でも疲れた。もう、指を動かすのだって億劫なのに。そんな相模原の様子に、しかし瀬基はただ笑うだけで。

「はは、可愛い可愛い」
「や、やぁ、やだ………も、むり…きよ……ぁ…っ、も、許し……」
「んー? 安心しろよ。寝てる間は激しくはしねえって」

 俺も鬼じゃねえからさ。そういっそ爽やかに笑う男に、ふるふると頭を振る。最低すぎる。最低すぎる! 寝てる間も良いようにすると言っているその湾曲的な言葉に、力が出ないままにしかし必死に拒否を訴える。それでも。

「涼」

 自分を呼ぶ、声が、甘い。どろりと溶けた甘味のように、それは相模原の耳朶を通り脳を犯していく。
 こんなにも嫌だと言っているのに。まるで聞く耳を持たない男の言葉のはずなのに。馬鹿正直に、相模原の裡はただ声を呼ばれただけでひくひくと蠢いた。
 その反応に、やはり愛おしげに男の目は緩む。可愛い。自分にいいようにされる彼女は、堪らなく可哀想で、溶かしてしまいたくなる。

「犯すって言ったろ。……はは、いい機会だし、抜かずにどれだけ出来るか試してみるか」
「っ、ぁ……や、う…! うぅ…! おに、おに…!」
「心外だな。…まあ、なんとでも?」

 にこりと、形だけは好青年のそれに騙される人間は多いだろう。そんな笑顔に騙されるかと、相模原はただ睨む。そんな視線すらも愛おしいと言わんばかりに、男は頬を緩めて唇を寄せた。

好き勝手