ライター




 丁度いい疲労感が身体中に燻る。カシュ、と音を立てて、小豆は煙草に火をつけた。小豆は酒には疎い方だが、しかし仕事終わりにはまた格別に美味しく感じるそれは、小豆にとって酒以上に満足感のあるものだ。中毒というほど吸ってはいないが、嗜好品としては十分に好んでいた。
 何度か肺を満たした後、ふと、誰かが喫煙所に入ってくる音が聞こえた。
 この時間に? 珍しい。朝倉だろうか。
 小豆は残りわずかになったそれを灰皿に押し付ける。零課のオフィス近くにあるこの喫煙所は、他の人間が使うことは滅多にない。自分たちがその能力故によく思われていないのは十分に理解してるため、それは必然だろうとも思えた。最初の頃はその視線や言動に眉を寄せたものだが、今では慣れたというのもある。それに、それを受けるのは小豆一人ではなかった事も大きいだろう。
 兎も角、先程の音だ。
 朝倉も帰る前に一服をしにきたのだろうか。喫煙所に来るのは、今はもう零課では自分と朝倉しかいない。今日は別行動の仕事だったため一度も見ていないし、挨拶くらいはして帰ろうか。
 そんな事を思って、小豆はまた煙草を取り出す。一本吸う時間くらいはいてもいいだろう。そうして、ライターに手を伸ばしたその時。ふいに何かが自身の視界に掠める。
 瞬間的に手が動き、自分に当たる前にそれを手に掴んだ。なんだと思う間も無く、ぱちぱちと軽い音が響く。
「流石。ナイスキャッチー」
「……チーフ? 珍しいですね。…というか、なんですかこれ」
 トントンと軽い足取りで入ってきたのは、意外なことに瀬基の姿であった。彼は確かに煙草は吸うが、しかし年に一度しかその姿は見せない。
 ひらりと手を振る瀬基は、なんて事ないように口を開く。
「やるよ、それ」
「は?」
 その言葉に、小豆はようやく掴んだそれを開く。そこにあったのは、一つのライターだった。シンプルながらに重量感もあり、そして細部の装飾が美しいと感じる。
 ぱちり、と、瞬く。これは、確か。
「…頂けません」
「ん? なんで」
「……何でって。…これは」
 思わず口籠もる。これは、確か瀬基が使っていたものだ。毎年、毎年。あの日だけ使うそれ。普通のライターよりも明らかに値の張るものだと一目でわかるそれは、どの喫煙所でも目立っていた。
 彼が彼女を悼んで煙草を吸っている事は分かっていたし、唯一の同期で気心の知れた間柄だとも分かっていた。そこに違和感は感じなかったが、一度だけ、小豆は聞いた事がある。
『そのライター、珍しいですよね』
『ん? あー、ね。貰い物』
『ライターを? 渋いですね』
『ねー、煙草は身体に良くないからあんまり吸うなっつった次の日に渡してくるんだもん。どっちなのよって感じよねえ』
 この、短い会話だけだ。しかし、この時小豆は、そのライターの贈り主が誰かは容易に察した。
 だから、と、小豆は俯く。貰えるわけがないだろう。こんなもの、貰えるわけがない。
「いらねーの? それなら捨てるけど」
「はぁ!?」
「はは、実はライター後一つあるから」
「………」
「いいやつだよそれ」
「見たら分かります」
 そっか。瀬基は笑う。小豆は、きゅうと手のひらのそれを握りしめた。しばらくの静寂の後、小豆は、ひとつだけ息を吐く。息を、吐いて、吐いて。それから、少しだけ口角を上げた。
「…分かりました。頂きます。有難う、ございます。……大切にします」
「んー。そうして。俺もそろそろ煙草また吸おうかなー」
「…吸うならライター持っててくださいよ」
「いやだからもう一つあるんだって」
 そんな会話をして、よっと瀬基は伸びをする。それからまた背を向けて、ひらひらと手を振った。「また明日〜」「はい、お疲れ様です」「ん、お疲れー。…あ、メリークリスマスって事で」その言葉を最後に、ぱたんと、喫煙所の扉が閉まる。自身のポケットに入ったライターは、どうやら使い道が無くなったようだ。
 シュン、と、小気味いいライターの音がする。「…これ吸い終わったら帰ろう」ぽつりと言葉を漏らす。難儀なものをクリスマスプレゼントに貰ってしまったなと、少しだけ苦笑した。

すべて捏造 クリスマスプレゼント